よくある質問

 「清め塩」は、死を穢(けが)れと見なし、死を忌み嫌う習慣から生まれたものです。それは、必ず死すべき身であるにもかかわらず、自分だけは死から逃れたいという考えによるものです。本来、死に出遇うことは、私も必ず死んでいく身であるということを自覚する場でもあります。真宗では、死を穢れとすることはありません。「清め塩」は、亡き人のみならず自らをも冒涜することに他なりません。したがって、「清め塩」は必要ありません。

参照『真宗大谷派お内仏のお荘厳』

 「正信偈」とは、親鸞聖人が念仏の教えによって信心を得たよろこびを表現された偈(うた)です。真実の教えとしていただかれた経典(お釈迦さまの教え)のこころを開かれ、親鸞聖人のもとへ念仏の教えを伝えてくださった七人の高僧の業績がたたえられています。
 正信偈のお勤めは、苦しみや悲しみの中で生きる私たちに、親鸞聖人自身がその苦しみから本当に生きるよろこびをいただかれた念仏の教えを伝えてくださる縁として大切にしたいものです。
 そして「お経」とは、お釈迦さまのお説法です。お釈迦さまの説かれた言葉を、文字に記録してつたえてきたもので、普段拝読しているお経は、漢訳されたものです。
真宗では浄土三部経を拝読します。みなさんは普段からお釈迦さまの尊いお説法を聴聞しているわけです。

参照『門徒もの知り帳』

 戒名とは、定められた守るべき戒律を厳守していくという名告りで、戒名を授かる(受戒)というところからきています。
 真宗では、戒律ということがないので、戒名とはいわず、法名といいます。
 法名は本来、生前に門信徒としてのあかしとしていただくものです。「死後の自分の名」としてあとあとに備えるのではなく、仏教徒たる自分の名、として日常に思い起こし、お念仏をよろこぶ生活を送っていただきたいものです。

参照『門徒もの知り帳』

一輪念珠
(親珠は下)
二輪念珠
(親珠は親指のところではさみ、房は左側前よりにたらす)
※念珠は左手に持ち、合掌の時両手にかける
参照『真宗大谷派お内仏のお荘厳』
大谷派では「2回」です。 また、焼香前に一度お香を戴く(額に近づける)所作をする人をよく見ますが、当派の作法ではありません。
①ご本尊を仰ぎ見る
②片方の手を卓端に添え、
香を2回つまんで香炉へ
※香をおしいただく必要はありません
③合掌 ④礼拝(軽く頭を下げる)
仏教で香を用いる場合には以下の四つの意味があります。
1.香の香りを手向けることによって、佛をお敬いする。
2.自身の体臭を消すことによって、気分をさわやかに保つ。
3.香の香りを極楽の香りになぞらえ、極楽世界を思い描き、往生を願う。
4.香の煙の姿から、いよいよ己の無常をさとる。
参照:『真宗大谷派お内仏のお荘厳』『お内仏のお給仕と心得』

Posted by 三宝寺